池田財弁天で、松戸に平潟遊郭というものがあった事をしり興味を持ち色々と調べてみたよ。
 
松戸市松戸2000番台の住所は元々平潟と言われていて、そこに現存する平潟神社(水神宮)があるのだが、その西側の一角が平潟遊郭と呼ばれる遊郭だったみたい。

その後、売防法が昭和33年に施行され遊郭は廃止したが、残った建物を学生寮と利用していたそうな。

そんな学生寮なども今ではすべて取り壊されてしまったみたい。

てな感じの情報をゲットしたので取りあえず、何か歴史跡残ってないかな~と平潟神社へ行ってみる事に。 

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 前方に見えるのは来迎寺。
 遊女の死亡年齢は平均24才と若く、身寄りなども無く遊郭から近い来迎寺は投げ込み寺だったそうな。
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 そんな来迎寺の斜向いにあるのが、遊女たちが神頼みに来ていた平潟神社。
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 平潟神社は、水神社として江戸川沿いにあり水運とも関わりのあった当地では信仰も篤かったそうです。
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 以前はもっと木々が鬱蒼としていて緑豊かだったが、今は木が切られたりしてさっぱりしている。
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 そんな平潟神社は遊郭に関連する遺物が残っている。
天水桶に九十九楼と書かれてい。
九十九楼は平潟遊郭にあった妓楼で、新宿などにもあった大手の妓楼のようだ。
そして天水桶は九十九楼からの寄贈品のようだ。

先ほど紹介した来迎寺には、九十九楼の墓が現存してあるそうです。
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脇には秋葉神社も合祀しています。
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脇にあった大木は切られていた。
ちょっと残念だな。
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脇から出て江戸川沿いに行き右手に曲がった所が平潟遊郭のメイン通りだったようだ。
30件以上の妓楼があったそうだ。
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今は当時の建物は残ってなく、古い電柱が何本か残っている程度だった。
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てくてく歩いていると、柳の木がある。これは遊郭時代の名残のようだ。
この向かいに先ほど説明した九十九楼があったとされている。
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そして柳の裏のテニスコート、ここは今は使われておず荒れている。
その昔は妓楼だったのかな
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そしてテニスコートの脇から入り、裏側にでてまっすぐ進むと
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平潟公園がある
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売防法が施行された翌年に作られたようだ。

いやーけど何か散歩してて楽しかったぜ。

歴史あるね松戸♪