逓信建築の代表作のひとつ「検見川送信所」

新検見川駅から歩いて徒歩10分ほど行った住宅街に、モダニズム建築の先駆者・吉田鉄郎氏が設計し大正15年に建てられた東京無線局検見川送信所の廃墟がある。
太平洋戦争中は南方の占領地との通信拠点として使われていたり、昭和27年には日本電信電話公社発足に伴い、同公社の検見川無線送信所として使われていたが昭和54年に業務の全てを名崎送信所に移管し、廃止。
その後建物は取り壊される方針であったが2007年8月に発足した「検見川送信所を知る会」が中心となって保存運動を展開した結果、市は当初の方針を見直しその歴史的価値の再検証と今後の処置を検討中 との事。
数年前に見た時は、雑草が生い茂る草原の中で雑草に埋もれていたが、保存活動が進んでいるか近くに所用で来たので観に行ってみた。
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駅から大きな道を10分ほど歩くと住宅街へと続く遊歩道がある。

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遊歩道を1分程歩くと草原が見えてくる。
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その草原の中にあるのが「検見川送信所」だ。
5年前に来た時とさほど変わっていないな…
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立ち入り禁止の柵が壊されている。
保存どころか破壊されてんじゃん…
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ここからだと建物が良く見えないので
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ぐるっと回って砂利道を進んで行くと
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建物が近くで見える。
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以前見に来た時と何も変わってないな…
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昔は中にも入れたそうだが数年前からすべての扉が閉ざされ中には入れなくなっている。
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なぜ人は廃墟に落書きをするのだろう…
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もう少し奥へと行ってみる
もうこれ以上は雑草で進めない
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完全に雑草に埋もれている付属の施設
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この廃墟の切ない感じ嫌いじゃないが、保存活動が進み早く建物の中などに入れるようにしてほしいね。
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さてまて数年後見に来てみよっと。